企画展「日本の涼景~水石と盆栽の美」より

The Omiya Bonsai Art Museum, Saitama. 開催期間:7月13日(金)から29日(木)まで。
梅雨の土砂降りの合間に行ってまいりました。今は梅雨も明け連日35度越え。

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涼しげな装いのスタイルの良い女性を見かけまして、お母様の同伴でしょうか。お綺麗です。(企画展と関係ありませんが)

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水石。全く不勉強の塊の私は盆栽の左右にある添え物にあるなぁ、位にしか観てませんでした。この「あるなあ」。石が身近にまたは象徴にある文化に生まれると麻痺してしまう。「石も腐らせる日本の湿度」から人を介しての恒久。それでも人生最後には石の選択をしてお墓にには入る。不思議だなとにわか雨の様にここ数日書籍を読み水石愛好家のHPを閲覧、戦国歴史好きの方にお尋ねしたりと少しだけ前より情報が貯えたが、何よりも水石の販売案内をして下さった男性が言ってらした「観て選び、どんな石でも自分の好みの思いが大事なのだよ」お優しい方です。これですね、はい。
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この日は雨模様でした。すいません、柵の外から撮ってしまいました。次回から気を付けます。
奇石・化石・ただの石とは違う「水石」とは?これを書き連ねるには恐れ多い。
しかし、印象だったら言える。盆栽は生きている。石は石なので人から人の手に渡る内に魂が宿る事があるかもしれない。戦国歴史愛好者の方に織田信長由縁の「末の松山」はどちらが史上の物?と聞いたところ「知りませんわ。」「で、水石て何ですか?」かなりあやふやな情報を伝えると「石を自信の様に見立て神と拝まさせてそこから信長が狂い始めたと光秀が不信感を抱く様になった。」おどろおどろしいですよね。これは「蛇石」の事で、フロイスの言うところの「BONSAN」なのでしょう。「末の松山」はこの時代では茶道具の一つとしていた盆石。おもてなしの一品床飾り、外交取引の贈答品。「容赦ないですからね~信長は」と結んだlineメールに思ったのが魂が宿る石に翻弄される事があるかも。実際その様な由縁のある水石が存在していたのが後に分かりぞっとしました。宝石だと良くある話でホープダイヤモンドが有名ですね。
全ての石は河や山から取り出し養石の内に聖別される。御出家様が愛好したのも聖別だったのかな。展示会で観た水石は穏やかだった。
先月6月にあった日本水石名品展を観に行かなかったのが今頃後悔する。しかしこの企画展がなければ思いは募らない、来年は是非とも。

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収蔵品№073:山もみじ 武蔵ケ丘 yamamomiji  musashigaoka
雨に濡れた木肌が石にみえた。この盆栽の魂はいかに?夜に見たら青白く光るかも。
番外編:

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我が家の石は?水石持ってません。本当に。拾ったり、もらった石がいくつか庭に置いてます。上記の石は見ての通り庭の野ざらし化石です。これは父が北海道で炭鉱夫していたお爺さんからもらい(掘っていたら出てきたそうだ)、そして私が引き継いだ。放置されて10年たちました。化石なので水を吸うから「濡れた様な」趣きはありません。だいたい3キロくらいあり水を吸うと一割増の重さになる。化石年代だと新世代第三紀7〜2千万年前になります。途方もない年数だ。

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